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たまには数字とお金のことでも話してみるか(中)

まだしばらく貧乏生活が続きます・・・

浪人時代:センター試験の点が予想よりも低かったので二次試験を受けることもなく浪人決定。これは二次試験を受けるだけで3万円くらいかかるという経済的理由によるもの。

予備校・塾など行けるお金はなかったので、いろいろと調べたらある小さな予備校が授業料免除で特待生を募集していた。クラスメートの西川君(仮名:数学オリンピック日本代表最終選考まで残った秀才)に頼んで”替え玉受験”をお願いすると快諾してくれた。替え玉から帰ってきた彼が『簡単やった全問正解ちゃうか?』と言ったとおり、最高の結果で無事に特待生の栄誉をもらったのだが、教材費の5万円を払ってくださいと言われて払えず・・・結局行かなかった。

まだバブルの余韻が残っていた時代で、酔虎伝という居酒屋の深夜メンバーでバイト、時給1100円ほどになった。


大学時代:入学式の後、次から次に同窓会だの研究協力費だのなんたら協賛金だのの要請があったが全て断った。唯一同窓会だけは『当会に入らないと入学を認められません』と言われたので仕方なく1万円5000円くらい払ったのだが、”同窓会に入らないと学校に入学できない”というのがいまだに理解できない。あれは本当だったんだろうか。気になるところではある。肝心の同窓会は卒業後ン年するが一度もお誘いがない。

大学一年の最初に様々なクラブやサークルの新入生歓迎コンパがあり、毎日のようにハシゴする。タダ飯・タダ酒を浴びるように飲んでいたら5月の最初に体調不良で入院。A型肝炎と診断される。退院後、同級生で歳が一回り上の岡田さん(仮名)が『こいつには飯を食わせてやらんと死ぬ』と宣言し、その後4年にわたって毎日昼ごはんを食べさせてくれた。

生意気さかりの私に、彼は本当に毎日学食で腹いっぱい食べさせてくれた。大きなトレーを二枚持った私は、ご飯大盛り、アジフライ、冷奴、サラダ、ヒジキの煮物、揚げ出し豆腐、唐揚げ、焼きサンマ・・・ そいういったものをトレーに載るだけのせて、何一つ残さず平らげた。岡田さん(仮名)が毎日払っていた昼飯代は1700円~2100円くらい。


授業料は年間41万8000円、高校の時から支出を自分で賄っていたので、生活自体ができる自信はあったが、この授業料は痛かった。高校時代のように減免を求めるが、一学期の成績が悪いことを理由に断られた。

ある年のこと、授業料半年分の支払いが遅れそうになり、延長期日当日になんとか持参したら既に支払われていると言われた。事務方に詰め寄ってどういうことかと説明を求めたら『保護者に請求しました』と言う。離縁しているのに保護者もへったくれもない。期日までに払っているのに勝手に”他人”に私の学費を払わせたのは許せない。お金を返しに行きなさいと言ったのにそれはできないというので、その場で21万4000円を燃やして事務員に灰を投げつけた。今考えるとあまりこういったことはするべきではない。

テーマ : 雑記 - ジャンル : ブログ

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