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インド旅日記その8:バラナシへの移動:ガンジースタイルのサンダルなど

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2009年9月6日日曜日:バラナシ 前編


二等寝台車のベッドで目が覚めたのは朝の7時。昨晩、カルカッタを定刻ちょっとすぎに出た列車はバラナシに朝10時頃に到着する予定だ。顔を洗って荷物をまとめ下車できる用意をしたが実際に駅についたのは12時をかなりまわってからだった。私の乗った2等寝台は3段に別れた簡易ベッド、思ったより安全で寝心地は見た目よりも快適だった。

2等寝台:3段に分かれてます。お薦めは一番上の段

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下車までの間、途中の駅から乗り込んできた物乞いの子供達と遊ぶ。お兄ちゃんが一人と妹が3人、多分ハリジャン(カーストに入らない最下層民)だろうか浅黒い顔に整った目鼻立ち、男の子のようなショートカットだがよく見るとけっこう美少女だったりする。人民兵はアメリカのIT系で働いているからインド人は男も女も山ほど見てきたが、社会的に上位にいるはずの彼らがまったく美男・美女でないことを考えると、この最底辺の少女が美人であるというのは興味深い。まあ12億の人口があるのだから、当然美人の頂点もものすごく高くなるのは当たりまえなのだが・・・

ressyachildren.jpg

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彼らと一緒に昨晩買っておいたサモサや非常食用の菓子を食べた。屈託なく笑う可愛い奴らなのだが、本当に礼もへったくれもなく、お菓子を渡すか渡さないかのうちに手からひっさらっていく。それで奪い合いをするから、あらかじめこれはお前とお前で食べなさいと指さして一つ渡し、次は君と君で・・・というふうに分けてあげないといけない。なんかよくわからんがこういうのは楽しい。


バラナシ着

嘘つきリチャード

バラナシの駅では”リチャード”などとイングリッシュネームを名乗るオートリキシャーの親父が近づいてきた。駅から安宿の集まるガンガーの付近まで30ルピー(60円)で行ってくれるという。これは相場よりも安いので喜んでついていくと、まず最初に日本人の書いた手紙を見せられた。『この人はとってもいい人です、信用できるです』といった例のあれだ。はーはーそうですか、とやっていると今日の宿は決めたかと聞いてくる。そんなもんバラナシといえば伝説の『久美子ハウス』に決まっているではないか。そう答えると、彼はどうしてあんな汚いところに行くんだ、俺の知っているところはもっと綺麗で快適だ。ガンガーの眺めもある。そこにしろとしつこく勧めてくる。そこはどうでもいいからとにかく車を出せというと、今日は年に一度の祭りで車はそちら方面には入れない、歩いていくにもザックを持っていたら危ないので警察が中には入れないのだという。じゃあ、お前の宿はどこだと地図を出して聞くと、なんと久美子ハウスから上流に300メートルくらいしか離れていないではないか。


ま、そこまでいけたなら後は歩いていけるだろう。じゃあ、そこまで連れていってくれ、そこから歩いていくからというと、何度も言うように今日は祭りだから入れないのだと繰り返す。しまいには、その宿に行かないなら車は発進させないというので、じゃあと車を降りようとすると、『その席に座ったのだからその分の金をよこせ』と言ってきた。さすがにきれてこちらも『俺の時給は50ドルだからここで無駄にした15分の12ドル50セントを払え』と詰め寄る。そんな感じで今日も初っ端から1ストレス。アメリカや日本での生活で一日にかかるストレスが3としたら、インドでは軽く100くらいは覚悟しておかないといけない。


流しのリクシャーを拾ってガートの近くまでというと、何の問題もなくすんなりと連れていってくれた。もちろん年に一度の祭りも警察による検問も行われていない。どうしてあんな見え透いた嘘を平然とつけるのかわからない。


賛否両論久美子ハウス

バラナシの街の風景
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ダーシャシュワメード・ガート周辺
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最大の沐浴場であるダーシャシュワメード・ガートまで来た。路地は入り組んでわかりにくいのでガンジス河沿いを歩く。川沿いは延々と沐浴場が続き幅の広い石の階段状に整備されているので、人や動物の糞尿さえ気をつけていればとても歩きやすい。15分ほど歩いていると階段の上のほうに日本語で『久美子の家』の文字が見えた。今日の宿はこちらだ。

久美子ハウスドミ写真:ヒゲもじゃの男が寝ているあたりで若き日の長渕剛も寝ていたらしい
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入り口からすると3階にあるドミトリーに案内された。値段は50ルピー(100円)、これはこの旅行中でもっとも安い値段だった。宿帳の記入はと聞くと、そんなもの必要ないし、お金は出るときに清算してくれと言われた。かなり適当な経営方針だ。


宿からはガンジス河の雄大な眺めがよく見える。屋上に上がって誰もいないときにこっそりとガンダーラを歌うのは私の密かな楽しみだった。


この宿は安宿だが構造的な強度はしっかりしていて、階段がきしんだりすることもない。ただ、部屋の水道で手を洗うと、汚れがそのまま部屋の中にある溝をとおってずっと流れていって最後は向こうの壁に空いた穴に吸い込まれていくという、よく意味がわからない仕組みになっていた。まあ、つまったりしても問題箇所を特定するのが簡単(外からみえてるからね)なので、理にかなっているのかもしれない。


宿で知り合ったTAKA 君という日本人の青年と一緒に散歩でもしましょうかということで、入り組んだ路地を歩く。
彼がおすすめする服屋で薄い綿のパンツ(150ルピー=300円)とサンダル(140ルピー)を購入。サンダルのほうは今まで見たこともないカッティング・エッジなデザインで強度に問題はありそうだったが、一目で気に入ってしまった。草履の鼻緒の部分がどこにも接続されていなくて、キノコのように独立して存在しているのだ。後で聞くとかのマハトマ・ガンジーもこのスタイルのサンダルを愛用していたという(ソース未確認)。以降私はこのガンジー・スタイルサンダルとずっと一緒に香港・マカオまで行った。


ガンジースタイルのサンダル
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テーマ : インド旅日記 - ジャンル : ブログ

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