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インド旅日記その3:”インド帰り”がインド帰りになった理由

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2009年8月30日日曜日(ムンバイ⇒マンガロール)
かなり疲れているはずなのに朝の5時には目が覚めた。インドに着いてまだたった半日だというのに昨日の出来事が胸に去来する。


宿泊したDelight Guest House

delight.jpg

停車中のタクシーに私を見つけ手を出して物乞いをした二人組みの少年。突然ジングルベルを大声で歌いだした。小銭がなかったので飛行機でもらったピーナッツの小袋をあげたらニコリともせず闇に消えていったっけ。嫁と子供二人がいるタクシーの運転手。収入が低いからクレジットカードはもてないと言っていた。チップとして10ルピー渡すと『これだけか?』と言ってとても寂しそうな顔をした。ホテルの近くの闇両替に行くと平然と一ドル=40ルピーと言い切られた、実際よりも20%もぼっている。こちらが呆れて帰ろうとすると『45ルピー、47ルピー』と必死になって交渉してきた。東洋の真珠と謳われたタージマハルホテル。その前の道でボロを纏って眠っている人々。そしてその横に生々しい人のウンコが落ちている。道いっぱいに蠢く人の群れ。牛とヤギと犬と同じ目線の高さで暮らす何百万人もの人たち。


我々は生きるということを少し大袈裟に考えすぎているのかもしれない。
その朝私は鏡を見て『髭をそるべきかどうか』を10分ほど考えた。
果たしてそれが『必要なこと』なのかどうかわからなかった。


こんなことを考えたのはここ20年くらいで初めてのことだ。この国に来てまだ何もこの国のことがわかっていないにもかかわらず、昨日の夜に見た光景が頭から離れない。道に溢れる彼らの姿を見ていて人生というのはもっとシンプルなほうがいいのかもしれないと思った。

私が重要だと思っていたたくさんのことは、もしかしたら全く余分な、いやむしろ不必要なものではなかったろうか。

髪を切ること、きちんと服を着ること、朝9時から晩6時まで仕事をすること、友達にメールをして周りの人に愛想をふりまくこと、本当に人生に必要なんだろうか?


そこではっと気づいて『インド帰り』達のことを思い出した。
毎日同じ服を着て、朝晩安食堂で飯を食って、ガンジャを吸って、気がむけば移動して、髪や髭はうっとうしくなったら切って、日本のしがらみは捨てて単にお金がなくなったら帰って数ヶ月働いて次の資金を貯めるだけの場所として認識する。

私が今朝考えた『シンプルな生活』への希求は彼ら”インド帰り”が求めていたものなのかもしれない。きっとそうだ。


結局悩んだ末、その日も私は髭を剃った。そしてインド滞在中もアメリカに帰国してからも髭を剃り続けた。
私は『インド帰り』になることを拒否した瞬間だったのかもしれない。


後にそのことを友人のドクトルF氏と話していると、彼は次のようなことを言った。インドは階級社会だからどんなに身なりがボロボロでも構わないように見える、でもその逆に階級社会だからこそちゃんとした服を着てきちんとした態度を見せないと、ちゃんとした人として扱ってもらえないことがある。

もしかしたら『インド帰り』はそこの部分を勘違いしていたのかもしれない。

とにかく、『インド帰り』達がどうして『インド帰り』になったのかその理由を探りたい・・・ その目的は達成したような気がした。




fune_mumbai.jpg

マンガロール行きの飛行機が出る朝の11時まで時間が少しあったので、散歩がてらタージマハルホテルで朝食を摂った。米でできたクレープのようなマサラドーサとアッサム・ティーで950ルピー(19ドル)、それなりに美味しかったがかなり高い。でも、最高のものと最低のものを見ておくことは大事なことだ。ここで受けたサービスと味を基準にこの先旅を続ければいい。


朝食の後インド門にももう一度出かけた。昨晩は見えなかったが、門の最上部に英語で刻まれた文字が見える。

ERECTED TO COMMEMORATE THE LANDING INDIA OF THEIR IMPERIAL MAJESTIES KING GEORGE V AND QUEEN MARY ON THE SECOND OF DECEMBER MCMXI

大 英帝国のジョージ5世とメアリー女王が1911年12月2日にインドに来られたことを記念してこの門を建設する
これが日本にあったらやだなと思った。


思いがけずぜいたくしてしまったので、空港まではできるだけ安く行こうと思い、ChurchGate駅まで行きローカルの列車に乗り込んだ。7ルピー(14円)を払い国内線空港の近くまで約30分の移動。線路沿いにはあちこちスラムが広がっている。線路沿いで野グソをしている人も何人か見かけたが、もう驚くことはなかった。最初ガラガラだった車内は途中から思いっきり混みあい、最後は一駅前から席を立ち、たっぷりのインド人達を一駅分の時間をかけておしわけてようやく下車することができた。


インドの通勤列車内の風景。この後山手線もびっくりのぎゅうぎゅう詰めになることはまだ知る由もない

train.jpg  


train2.jpg

テーマ : インド旅日記 - ジャンル : ブログ

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