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インド旅日記その1:大都市にも野良牛はいるのか

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2009年8月29日土曜日(前編)


ムンバイ到着:インドの大都市にも野良牛はいるのか?


香港を昼の1時50分に離陸した Cathey Pacific 685便は6時間のフライトを経て現地時間夕方5時過ぎにムンバイの国際空港に到着した。ロサンゼルスを出てから既に30時間近く経過している。着陸前に窓の外を見ると空港の向こう、しかも滑走路のすぐ真横に数キロにわたって掘っ立て小屋の集落が見えた。


間近で見たわけではないが、それは小屋と呼ぶのもはばかられるような粗末な建物で、地面に立てた4本の杭とその周りと天井の5面に南京玉すだれをかけただけの簡素なつくり。あれでは雨露を避けるのも難しいだろう。しかもその場所は昼夜を問わず次々に飛行機が離発着するインドを代表する国際空港のすぐ脇だ。耳をつんざく騒音がインド特有の湿気を含んでねっとりした空気を切り裂いている。飛行機の翼から直線距離で30メートルもないのではないか、振動のほうも並大抵ではないだろう。
そんな悪条件の場所に少なく見積もっても1000人以上の人が暮らしている。



長旅で頭は疲れていたが、そのスラムを遠目で見ているだけで『どうやら今までの国とは何か違うらしいな』ということだけはなんとなく理解できた。



飛行機を降りる前に時計の時間を調整する。香港との時差は2時間30分。この30分という中途半端な時差は興味深い。
今までの旅であまり30分単位の時差を見た記憶がないが、インドという大国はヨーロッパがすっぽりと入るほどの大きさがある。本来は二時間にわけるべき標準時を一つでまとめるためにはきっと間をとって30分という単位にでもしたのだろうか。

これ以上ないほどできの悪いびろんびろんのゴム製のベルトコンベアーから流れてきた愛用のザックをさっと担いでイミグレーションへ向かう。入国審査はすんなり終わり、空港内の銀行で20ドルだけ両替した。一ドル=47ルピー、日本円に換算すると1ルピーは2円くらいになろうか。市中でするよりも多少レートが悪いが最初は仕方がない。



この時点で夕方6時、ムンバイ空港は市内からかなり離れているから、できることなら日が完全に落ちきってしまう前に市内に到着したい。

まだ少し明るかったので、なんとかバスで行こうと思い飛行場の目の前にある停留所で30分ほど待つが一台も来なかった。
周囲のインド人に尋ねてみるが、まず英語がほとんど通じないことに驚く。(英語はインドの公用語じゃなかったのか?)身振り手振りでなんとか理解できたのは『バスにスケジュールはない。ただ来る時に来る』ということだけだった。


これ以上待って徒に時間を使いたくない。仕方なく空港に引き返し、プリペイド・タクシーを頼んだ。380ルピー也。ざっと8ドル弱ということになる。ちょっと高いが初めて来た国の初めて来た街、土地勘が全くない中、安全と時間を買うと考えるとこのくらいの出費は仕方がないか。



インドのタクシー
Taxi


ガイドブックを開いて安宿の欄を調べる。有名なインド門の傍にあるタージマハル・ホテル、その近くにあるサルベーション・アーミーの宿に目星をつけた。
インド門から歩いていけそうな距離だ。運転手には、変なところに連れていかれないように、『タージマハルホテルに行ってくれ、予約はしてある』と伝えた。

車がタクシーの行列を出て一分もしただろうか、急に道が混みだした。目を凝らしてみると行く前の道を数頭の雄牛が塞いでいる
その後ろは軽い渋滞になって、運転手はクラクションを鳴らしまくるのだが、牛は面倒くさそうにこちらをちらりと見ては人を馬鹿にしたような歩幅でゆっくりと歩く、決して急がない。車の群れもなれたもので、ほんの少し道をあけた牛の角のほんの数センチのところを猛スピードで突っ走っていく。牛が首を少しふったら角が吹っ飛ぶくらいの距離だ。


仮にもインド一の大都会、ムンバイの空港を出て一分のところに野良牛がたむろしている。なんなんだ・・・この国は・・・


とにかく『都会にいる牛を見たい』という旅の目的の一つが早くも達成されてしまった。


市内が近づいてくるとそこはものすごい騒音とカオスがある。道の両側には青いビニールシートを斜めにかけただけの無数の『小屋』が並んでいて、薪だろうか炭だろうか地面で煮炊きしている姿が見える。彼らの姿が先進国の浮浪者・路上生活者と絶対的に違うことは、そこに旦那がいて嫁はんがいておばあちゃんがいてチンポ丸出しの垢まみれの子供達がいて、その中で普通の日常生活が営まれているということだろうか。彼らは社会からドロップアウトしたわけではなく、そこが彼らの社会なのだ。道には牛、野良犬、ヤギ、歩行者、3輪のオートリキシャー、自転車式のリキシャー、荷物を満載した手押し車、車で溢れ、なかなか前に進まない。その時、タクシーの窓から物乞いの子供二人が手を入れてきた。


身振りで腹が減った、金をくれと繰り返してくる。運転手は追い払おうとするが私と既に目があった子供達はそこを去ろうとしない。折からの渋滞で車は前に進まない。いくらかの施しをしてあげたいが着いたばかりで小銭がなかった。どうしようか迷っていると『ジングルベル・ジングルベル、ジングルオールザウェイ♪』とどこで覚えたのだろう、彼らが大声でジングルベルを歌いはじめた。国際空港から市内に向かうメインルートであるこの道で外国人相手にジングルベルを歌えばクリスチャンから小銭をもらえる可能性が高いことを知っているのだろう。


ポケットをまさぐり機内でもらったピーナツの小袋を片方の男の子に渡した。二人でわけて食べなさいと伝えたが彼はそのまま走り去り、残されたもう一人が物悲しそうな表情でそのまま手を出し続けた。

テーマ : インド旅日記 - ジャンル : ブログ

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