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人民兵の旅日記:南米編(ペルー)その1

行った場所・・・あまりに分かりにくいのでこんどちゃんとしたもの作ります

基本データ
 ペルー共和国(面積=日本の3倍、人口=2700万人、民族=インディヘナ&メスチーソで85%)
 通貨はソル(Sol) $1 = 2.85 Soles (2008年7月現在)、大まかに言って1ソル=40円くらい


人民兵の南米旅行記

2008年7月2日~19日

ロサンゼルス空港を深夜1時55分に出発するTACA航空531便の搭乗ゲートにはヒスパニック系住民があふれ、英語など一切聞こえてこない。子沢山の彼らが一家で地べたに座り込んではしきりにコーラを飲んでいる。ここはもはや中米か、感覚で言うとまさにアウェーの洗礼を受ける。これから中米のハブ空港サルバドルを経由してペルーの首都リマに向かう約10時間の移動が始まる。


今回のルートは、ロサンゼルス~リマ(ペルー)、復路がボゴタ(コロンビア)~ロサンゼルス、チケットは税・燃料費込みで660ドル、まあ、この『燃料費』というのは、運賃であってなぜこんなものを別途要求するのか分からないが・・・


飛行機の中では、久々の旅で神経が昂ぶってあまり眠れなかった。まずリマに着いていきなりアンデスを越えてクスコに行くべきか、それとも海岸沿いを南下してナスカに行くべきか、そのことばかりずっと考えていた。

TACA航空では驚いたことに朝食が出たし、エコノミークラスでもアルコールが提供された。人生で一番不味いスクランブルエッグだったが、さすがは中南米の雄タカ航空だ。なかなか真似のできることではない。ベネズエラからでも石油を安く仕入れているのだろうか、かの国ではガソリン一リットルが今でも5円くらいで売られていると聞いたことがある。

昼の2時10分、リマのホルヘ・チャベス空港に着。思っていたよりも綺麗で広い。しかしトイレに入ってトイレットペーパーの紙質がざらざらなこと、端が波打っていることを見て、『ああ、南米に来たんだなぁ』という感慨を持つ。

最初の両替は空港で、$20 を 57 Soles に交換。レートは $1 = 2.85 くらい。2年前の地球の歩き方には、$1 = 3.3 Soles と書かれていたので、およそ20%程度ドルの価値が下がったことになる。これはかなり痛い。(なんだ、たった20%じゃないかと思われるかもしれないが、あなたの給料が20%少なくなったらやっていけますか? 身長170センチのあなたが20%背が延びたら2メーター4センチになることを知っているだろうか。20%というのは決して馬鹿にできない数字なのだ)


空港を下りたら客引きが凄いと言われていたが、ノーノーノーの3回くらいでみんな引き下がった。別に大したことはない。よく分からないまま、空港をとにかく徒歩で出て、そのまま右に行くと大通りがある。そこで『セントロ・リマ、セントロ・リマ』だけを連呼していたら周りの人があのコレクティーボ(小型のバンで乗り合いタクシーのようなもの、好きなところで乗り降りできる)に乗れと教えてくれた。空港を一歩でてまず気づくのが猛烈な排気ガスと不完全燃焼のガスの匂い。排ガスはともかく、この不完全燃焼のガスの匂いはアジアでもあまり嗅いだことがない。車にとってはアジアの田舎道よりも南米で酷使されたほうがツライのかもしれない。

空港から市内までは12キロほど離れているが、1ソル(40円)で済んだ。タクシーに乗ると7ドルくらい取られるらしいからかなり安く上がったことになる。
道は舗装されているがかなりガタガタ、マンホールは最初から蓋がないので、人が落ちないようにか周囲を土饅頭のように盛り上げている。これは賢い。是非モンゴルなんかでも取り入れてもらいたい。


おんぼろのコレクティーボはけたたましくホーンを鳴らしながら猛スピードで街中を突っ走る。とにかく排ガスとすさまじい燃料の匂いを嗅いでいると『この30分で俺の寿命は2週間は縮まったやろうな』と確信を持てた。

30分ほど走った後、中心部まで連れていってくれるのかと思いきや、下ろされたのは川のほとり。かなり治安の悪そうな人たちがうろついている。高校生くらいの歳の若者の一人が『チーノ!』(中国人の意)と呼びかけてきた。これが悪名高き南米の”チーノ攻撃”か。ただ、悪意はあまり感じられない。(おい、あんた中国人か?)くらいの感覚だろうか。

階級意識の強い南米では、白人の支配層、混血のメスチーソと原住民であるインディヘナがいて、労働に連れてこられた黒人奴隷の末裔がいる。そしてさらにその下に鉄道や炭鉱の作業などに中国人が連れてこられたという。チーノというのは一種の差別用語なのである。


とにかく、あまり相手もしていられないので、No Chino, Soy Hapones とだけ言って先を急いだ。
川を渡る橋の下の河原はゴミが散乱し、見渡すかぎりほとんどがブルドーザーか何かによって積み上げられた土、自然保護の観点などないのだろう。 とにかく先を急ぐ。幾つかの博物館を除いてはリマにあまり見所もないらしく、治安も良くないので、できれば今日のうちにクスコかナスカ、どちらかへの夜行バスに乗ってしまいたかった。とにかく、ペルーで名高い『オルメーニョ』社のバスターミナルへ急ごう。


歩いていて分かったが、どうやら着いたのはリマの旧市街のはずれのほうで、中心街に向かってかなりの距離を歩いていかなければならない。ほとんど20メートルおきくらいに立ち止まっては、Donde esta Ormeno bus terminal? (バスターミナルはどこ?)と聞くのだが、人によって指す方向がまちまちである。

ある人は今いる道をずっと真っ直ぐにいけというし、ある人はそこを右に曲がれという、またある人は左を指す。大きな荷物を背負いながら、体の前に貴重品の入った鞄を抱え、見知らぬ街を襲われないように気をつけながら歩くのは本当に疲れる。

この日は曇り空、いちおう乾季の冬にあたるので、標高の低いリマではかなり快適。Tシャツではすこし寒く、長袖で歩いていると少し汗ばむくらい。

歩いているうちにふと思い出したことがある。高山病(スペイン語でセローチェという)の薬が診断書なしで買えるから予め飲んでおくようにと聞いていた。しかし、言葉もあまり分からない見知らぬ街で薬屋なんてすぐ見つかるかね・・・と心配していたら、薬屋の多いこと多いこと、理由は分からないがペルーには薬屋が多い。チチカカ湖畔のプーノの街なんて、中心部の広場から見える範囲に4軒、歩いて3分以内の範囲に8軒くらいがひしめきあっている。理由は分からない。

とにかく、ファルマシア(薬屋)の一つに飛び込んで身振り手振りで頼むとすぐに売ってくれた。頭痛薬(10個で5ソル=200円)と高山病薬(10個で20ソル=800円)を購入。ちなみに高山病の薬は予防薬であって、かかってしまったら意味がない。また滞在中は8時間に一粒、つまり一日3粒=240円分・・・を飲まないといけないということだ。

なんだかんだで、結局2時間ほど街を彷徨ってからようやく各社のバス停が集まる一角に来た。色々聞いてみると、クスコ行きのバス(20時間)は午前中にしか出ないのだという。クスコまでXX時間というのは分かっても、バスが一日中たくさん出ているのか、決まった時間にしか出ないのか、この情報はけっこう重要だ。それによって一日の予定がまるっきり変わってしまう。わざわざここで一泊していくのもナンだが、とりあえずバス停近くの木賃宿の値段を調べてみると、相手の言い値が25ソル(1000円くらい)だった。ちょっと高すぎる。

結局消去法的にナスカに行くことに決めた。このナスカというのはもちろん地上絵で世界的に有名なあのナスカである。やはり死ぬ前に一度はこの目で見ておかないといけない。ナスカまではバスで6~7時間、パン・アメリカンハイウェイ沿いにあるので道も悪くない。

付近のバス会社を幾つかあたって晩の9時15分発ナスカ行きの車(30ソル=1200円)に乗り込んだ。実は一番安いバスは25ソルであったのだが、30ソルのほうはトイレがついているということでこちらにしたのだ。5ソル(200円)はトイレ代ということで納得しよう。

疲れていたのかバスに乗り込んでほどなくしたら眠ってしまった。隣の客に肩を叩かれたのは朝の4時だった。どうやらナスカに着いたらしい。

テーマ : 独り言 - ジャンル : ブログ

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