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当たり前のことが認められた嬉しさ

人民兵の住むワシントン州で、念願だった法律が制定された。
以下の文章を読んでもらいたい

■禁煙条例901条、今月8日から施行

Seattle Post-Intelligencer は、今月8日、ワシントン州全体を対象とした禁煙条例901条が施行されると報じた。

この法律の施行により、インディアン・カジノを除き、レストラン5,300軒、ボウリング場98軒、バー1,160軒、職場、公共の建物内での喫煙が禁止されることになる。American Lung Association が全米で最も厳格と評するこの新しい法律では、すべての職場はもちろん、職場の出入り口・窓から25フィート以内での喫煙も禁止されている。


このことを知って狂喜し、天に舞いを捧げたのは言うまでもない。

喫煙というのは嗜好などの問題ではなく、第三者に対する完全な暴力なので、今の今まで認められなかったのが不思議だがようやくここまで来たかという感じ。

そもそも日本を離れたのは、タバコの煙を吸わされない=不特定の相手から暴力を受けない、という基本的人権すら守られない現状に我慢がならなかったから。吸っている人間が癌になろうがその場で卒倒して死のうが全くかまわないが、周囲の人間に不快な思いをさせたり、ひいては健康を害す権利などあるわけがない。

嫌煙権という言葉は一方的に他人から暴力を振るわれない権利と読みかえることができる。こんな馬鹿な言葉が存在するのがそもそもおかしい。

認められるのは喫煙権であるべきなのだ。

周囲500メートルに誰もおらず、且つ数時間の間そこに人が通りかからないような開放空間、または個人の所有する家屋の中においてのみ喫煙する権利が与えられるというもの。

繰り返すが、人の側でタバコを吸うというのは、相手を殴っているのと同じ行為である。殴られない権利というものが存在してはいけないが、殴る権利というのは特定のルールの元に認められるべきである。たとえばボクシングのように、互いに納得した条件の下にお互いに殴りあうのは一向に構わない。ただ、ボクサーだからといって人ごみでシャドーボクシングをしたり相手を威嚇するようなことが認められるはずはない。

ごたごた書いたが、今日は嬉しかった。

本当に嬉しかった。

当たり前のことが当たり前に認められたこの嬉しさよ
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