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パット・モリタ 

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古い新聞を読み返していて、パット・モリタ氏が去年の11月に亡くなっていたことを知った。

このことは11月29日付ニューヨーク・タイムズの論説にも記事になっている。

日系人俳優パット・モリタが感謝祭の非にラスベガスで亡くなった。73歳だった。
 1967年に「モダン・ミリー」で「アジア人No.2」として映画デビューして以来、モリタ氏はずっと現役を貫いた。当たり役としては、映画「カラテ・キッド(邦題ベスト・キッド)」のミヤギ師匠が有名だ。しかしそれ以外は、40年近くにわたって果てしない脇役の道が続いた。台本にアジア人のタクシー運転手やバーテンダー、下手な英語で鋭い警句を言う役がある時、彼ほど頼れる存在はなかった。
(日本語約:US Frontline 編集部、人民兵注 アジア人No.1はブルースリーのこと)


記事はこの後、『モリタ氏は紋切り型のアジア人しか必要とされないシステムの中で苦労した最後の世代だ』と続く。

アメリカに住んでドラマやコメディを見たり、音楽を耳にしても、日本のサブカルチャーの素晴らしさは際立っていると思う。単純な歌唱力・表現力では劣っているように見えるかもしれないが、底に流れるメロディラインやメッセージ、笑いのセンスは世界に比類ないものだと人民兵は信じる。

時代も変わって今では『紋切り型』のアジア人俳優だけを必要とはしていないと言うが、やはりテレビをつけても映画を見ても、まだまだアジア系の活躍する場は極めて小さいと言わざるをえない。

吉田栄作がハリウッド進出を試みて失敗したが、あれは本人がどうのこうのと言うよりは、カンフーの達人でもなければ忍者でもないアジア人男性の役柄が、こちらの芸能界に皆無だったということに原因が大きい。

ミヤギ師匠の冥福を祈りながら、日本人の一層の活躍を期待する今日この頃である