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インド旅日記その10:バラナシで軽く”沈没”

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2009年9月7日月曜日:バラナシ


朝6時起床、昨夜はドミの若者達が深夜まで『ウノ』をやって騒いでいたので疲れていたのにあまり寝付けなかった。
この日はひどい雨が一日中降り続いたので、仕方なく念願の沐浴は延期することにした。久美子ハウスでの朝食(40ルピー)は、パンとヨーグルト、晩の残り物のスパゲティとチャイ。高くはないが昨晩の豪華な晩飯40ルピーに比べると見劣りがする。というわけで、この日以降朝飯は辞退することにした。


傘をさして付近を散策。バラナシの入り組んだ狭い路地は複雑な迷路のようになっており、慣れないと同じ場所に戻ってくることは難しい。何度も何度もうろついて大体の地理がわかるまでに3日ほどかかった。ちなみに久美子ハウスへの曲がり道を探すのはとくに難しく、私はいつもそこに寝そべっている野良ホルスタイン♂を目印にしていた。

目印の野良ホルスタイン♂、いつも久美子ハウスの近くにいた
ushisan.jpg



昼からSONA's Shopという店に行く。ここは6畳ほどの小さな店だが、簡単な雑貨や飲み物・衣類を売る何でも屋で、中に本棚が置いてあり日本の書籍やマンガ本の貸し出しもしている。

一冊10ルピー(20円)と少し高いが、ずっと読んでみたかった『ガンジス河でバタフライ』(たかのてるこ著)があったので、中で読ませてもらうことにした。中は絨毯が敷いてあり既に日本人の若い男の子が二人ほどいて漫画を読みふけっていた。この本、さすがに二時間ドラマ化された名著だけあって面白く、集中して一気に読んでしまった。ちなみに彼女の出身校は私と同じで、年齢からすると私が一年生の時に多分三年生くらいに在籍していたと見られる。


アラサーのお尻を見てくださいと言われたことについて

本を読んでいる最中、細身のちょっと綺麗な日本人のお姉さんが店の中にやってきて、『すいません誰か私のお尻と腰のあいだを見てもらえませんか?』と言った。


店主のソナ(インド人)は出かけていたので、そこには私を含めて日本人男性が3人しかいなかったが、みな目をテンにしてその女性を見た。『アラサーですいませんけど、誰か一人私のお尻を見てもらえませんか?』彼女は続けた。


なんでも、折からの雨で牛の糞にすべって3回転倒し腰を強打したらしい。しつこくつきまとったインド人の物売りがびっくりしていきなり親切になるほどの倒れかただったらしく、今も患部が熱を持っているから誰かに確認してほしいのだそうだ。私は遠慮したが、気のいい若い男の子が尻の割れ目の上あたりを見て確認してあげた。そして彼はとりあえず冷やしましょうといって湿布をとってあげたりかいがいしく彼女の世話をしてあげた。

その時のお尻の写真、どうでもええですな
osiri.jpg


私はそれを見ながら、『今の日本人の旅行者は変わったな』という思いを持った。なんというか、ガツガツしていないのである。


ほんの10年前に私が見てきたのは、それはひどかった。少なくとも男3人いれば、(じゃあ、とりあえずぼくのおちんちんも見てください)くらいのことは誰かがかならず言ったものだし、彼女が後ろを向いている間にイチモツを頭にのせてこっそりと『丁髷(チョンマゲ)』と言ってみたり、お尻確認だって下手すりゃとりあいジャンケンが起こってもおかしくなかった。


なるほど、若い人が『草食』といわれる由縁はこれか、と変に納得した。いいか悪いかわからないが、とにかく相手にも周囲の人間にも『性的関心』を感じさせないのはすごいなと思った。

ところで、インドでは不思議な雰囲気を持った一人旅の日本人の女の子を何度か目にした。
軽いわけでもないし、アホというわけでもないのだが、ちょっとふわっとした感じで、人を疑わずにうんうんと誰の話にものってくるような感じ。正面から相手の目を見て『ご迷惑でなければ1回やらせてもらえませんか?』と頼んだら『1回だけですよ』と仕方なく言ってくれそうな、そんな雰囲気。このあたりうまく説明できないが、私のこの感覚が正しかったのかどうか、誰か行って確認してきてもらえないだろうか。


晩飯は40ルピーの久美子飯。今日のメニューは和風カレーとナスの炒め物、ぺペロンチーノが出た。美味しいが例によって塩味きつめのガテン系の味付けなのが気になる。
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パット・モリタ

pat_morita.jpg

古い新聞を読み返していて、パット・モリタ氏が去年の11月に亡くなっていたことを知った。

このことは11月29日付ニューヨーク・タイムズの論説にも記事になっている。

日系人俳優パット・モリタが感謝祭の非にラスベガスで亡くなった。73歳だった。
 1967年に「モダン・ミリー」で「アジア人No.2」として映画デビューして以来、モリタ氏はずっと現役を貫いた。当たり役としては、映画「カラテ・キッド(邦題ベスト・キッド)」のミヤギ師匠が有名だ。しかしそれ以外は、40年近くにわたって果てしない脇役の道が続いた。台本にアジア人のタクシー運転手やバーテンダー、下手な英語で鋭い警句を言う役がある時、彼ほど頼れる存在はなかった。
(日本語約:US Frontline 編集部、人民兵注 アジア人No.1はブルースリーのこと)


記事はこの後、『モリタ氏は紋切り型のアジア人しか必要とされないシステムの中で苦労した最後の世代だ』と続く。

アメリカに住んでドラマやコメディを見たり、音楽を耳にしても、日本のサブカルチャーの素晴らしさは際立っていると思う。単純な歌唱力・表現力では劣っているように見えるかもしれないが、底に流れるメロディラインやメッセージ、笑いのセンスは世界に比類ないものだと人民兵は信じる。

時代も変わって今では『紋切り型』のアジア人俳優だけを必要とはしていないと言うが、やはりテレビをつけても映画を見ても、まだまだアジア系の活躍する場は極めて小さいと言わざるをえない。

吉田栄作がハリウッド進出を試みて失敗したが、あれは本人がどうのこうのと言うよりは、カンフーの達人でもなければ忍者でもないアジア人男性の役柄が、こちらの芸能界に皆無だったということに原因が大きい。

ミヤギ師匠の冥福を祈りながら、日本人の一層の活躍を期待する今日この頃である

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