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中島らも氏・・・と会ったことがあるような気がする

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学生だったころ、ろくに学校も行かずにブラブラしていたことがあった。一応バイトなんかもしていたと思うが、今思い出しても何を食べていたとかいう記憶すらない。

その頃に用もないのによく新世界界隈を歩いて、汚い場所・胡散臭い場所なんかを探していた。弓道場で遊んだり、日本で唯一換金のできるスマートボールや手打ちパチンコで手銭を失ったり、指輪やネックレスでキンキラに飾った名物爺さんがいつも同じ席で打っている将棋を眺めたり、入場料1000円の演芸場でおひねりを投げたり、そんなことばかりしていた。

当時は退屈で退屈で死にそうだったが、今思い返すと充実した素晴らしい時間だったように思う。

新世界は基本的に労働者と浮浪者の街で、辺りには1000円以下でとまれるドヤ(宿の隠語)が多くあって、それらには
『ゆったり3畳、カラーテレビ付』
などと、常識では考えにくいキャッチフレーズが貼ってある。

ある平日の昼過ぎ、新世界の目抜き通りである『じゃんじゃん横丁』を歩いていた時、一軒の立ち飲みやから小柄なおっさんがふらついた足取りで出てきた。

「中島らも」だと直感的に分かった。

それまで本は読んだことがあっても、らも氏の風貌を知っていたわけではなかったから、どうしてそのおっさんをらも氏だと断定できたのかは分からない。ただ、それから十年以上の月日が流れ、今手元にある中島らも氏唯一の長編小説『ガダラの豚』の著者近影の写真と、脳裏にある彼の姿が一致する。

彼自身がアルコール中毒患者であり、新世界という”大のおっさんが人前で平気で野グソする”一種独特の空間に非常に興味を持っていたというのは後で知った。

ところで、らも氏は著作『頭の中がカユいんだ』という作品の中で天王寺・新世界の立飲みやのすさまじさをこう書いている

僕がゆっくりと飲んでいると、右にすっと人影が現われ、百円玉を二枚、パシッとカウンターに叩きつける。
「さけ・・・」
僕が、鯨のベーコンか何かをしがんでいて、三、四秒して、ふっと右を見ると件のご仁はもう影も形もあとかたすらもない。酒の一合を、台上にパシッと叩きつける二百円で買って、寸秒で飲み干し、顔の見分けもつかないうちに店を出る。これが新世界のやりかたなのだ。
 今度は左に人影がくる。パシッ。二百円。二、三秒。またいない。何か手品を見ているようだ。

(中略)

 この人たちは、おおむね無気力である。初めて新世界を訪れる人が、よく恐れるような暴力性は持ち合わせていない。彼等は電信柱から電信柱へと、その距離を辿り着くのが精一杯なほどに消耗している。そして、その電信柱ごとに立呑み屋が待ち構えている。彼等は二百円をポケットから探り出して払う。そして、百八十ccの液体を寸時に飲み干して、店を出る。次の電信柱をめがけて・・・



この愛すべき本をアメリカの古本市で入手した。
久しぶりに読んだが、らも氏の鬼才ぶりが如何なく発揮されていて素晴らしい。

私には確証はないが、直感だけであの日すれ違ったと信じる中島らもが、私と同様部外者でありながら、同じような時間をあの異常な新世界という街で過ごし、そこの思い出を綴った本を、自分がシアトルで手にしていることをなんとなく幸せに思う
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テーマ : 雑記 - ジャンル : ブログ

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