スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

インド旅日記その18:ピンクシティ

<<前の日記
次の日記>>
2009年9月12日土曜日:ジャイプール:砂漠のピンクシティ

朝、目が覚めると窓の外に砂漠特有の抜けるような青空が広がっていた。インドに来て2週間ほどになるが、この日まで毎日雨に振られていたことが嘘のようだ。宿泊した Golden Hotel の新館は一泊250ルピー(500円)のシングル。街の規模を考えると決して安くはないが、表通りから奥まったとこりにあり喧騒もなく落ち着いて休むことができた。

ピンクシティの駱駝さん
rakuda.jpg


昨夜は例のバス旅の後ぐったりと疲れきってホテルにたどり着いた。嬉しいことにヤノリさん(仮名)は約束どおり先に来ていて、インドで初めてのビールを一緒に飲みにいった。インドで酒が手に入る場所といえば、一流ホテルのバーとか、外国人の集まる宿周辺などかなり限られている。


来たばかりで土地勘がないのでリキシャーをつかまえてビールを出す店に連れていってくれというと、ちょっと離れているから50ルピーだという。まあ、仕方ないかと思って乗り込んだらほんの200メートルほど離れたところで停車した。その前のホテルの中にバーがあるのらしい。おいおい、案内してくれたのはともかくこれは高すぎるだろうと思っていたら、私よりも先に華奢な彼女が屈強なリキシャマンに猛然と抗議して10ルピー以上ビタ一文払わなかった。


ヤノリさんは柔らかい雰囲気の美人でいつもニコニコしている人だと思っていたので、ちょっと面食らっていると、実は彼女は数年前にも半年ほどかけて世界一周をしたバックパッカーでもあったらしい。その後は夜遅くまで、ウンコを生まれて初めて見られた話や、彼女がオーストラリアで車を運転中にカンガルーを轢いてしまったので仕方なく醤油で煮込んで食べた話などをして盛り上がった。この日以来、結局ヤノリさんとは彼女が帰国する15日まで行動を共にすることとなる。


というわけで、昨晩は遅くまで起きていたのでこの日の行動はゆっくり気味。ジャイプール観光に外に出たのは朝の10時近くになってからだった。まあこれが大きな間違いのもとだったのだが・・・


昨日出会ったリキシャーに一日チャーターで250ルピー(500円)ということで話をつけ、市内の有名どころを回ってもらうことにしたがとにかく暑い。カラッとはしているのでさほど不快ではないのだが猛烈な暑さが否応なく体力を奪っていく。こういう気候の場合行動するのは早朝か夕方と決まっているのだが、前日まで毎日雨に降られていたので、そんな基本的なことも忘れてしまっていた。
zou.jpg
pinkchildren.jpg




不思議な機械:ジャンタル・マンタル
なんとか気合を入れて名所のジャンタル・マンタル、シティ・パレスなどへ向かう。安宿の集まるジャイプール駅、バスターミナル周辺から市内に向かうと大きなピンク色の門が現れる。この”ピンク・シティ”ジャイプールは旧市内全てがこのピンクの城壁で囲まれており、7箇所の門が開いている。この市内ほぼ全ての建物がピンク・・・といっても赤みがかった土の色に近いが、やはり砂漠の青空とピンクの対比はとても美しい。


ジャンタル・マンタルというのは『不思議な機械』という意味で、昔のマハラジャが天文学などを研究するために作った天文台のようなものであったらしい。見上げるように高い最大の日時計は27.4メートルの高さがあり今でも2秒単位で時間を計測できるのだそうだ。

jantaru2.jpg
jantaru3.jpg
jantaru4.jpg
jantaru.jpg


シティ・パレスでは、イギリスに招かれたマハラジャが旅行先でも沐浴できるようにガンジス川の水を入れて運んだという世界一巨大な銀の甕が印象的だった。

tubo.jpg


シティ・パレスの外には初めて見る『ヘビ使い』がいて、それはもう私が子供の頃から絵本で見てきたのとまったく同じ感じでそこにいて、5ルピー払うと写真を撮らせてくれた。
(ヘビ笛吹かずとも踊りまくり)
hebitukai.jpg


その後、水の宮殿とまわったあたりで、リキシャーが故障、押しても叩いてもほとんど進まなくなった。
ちょうど良いころあいで、こちらもずいぶん疲れていたので、この先は夕方に回そうと思い、とりあえずノロノロの徐行でホテルに戻ってもらって夕方再集合ということにした。


例によって水シャワーを浴び少しリフレッシュ、日差しも緩んだ夕方に再集合するとリキシャーのおっちゃんが『夕方からは別の予約がある』と言い出した。一日借り切るという約束だったじゃないかというと、お前等は連れて行った土産物屋で買い物しないからこっちも苦しいのだと文句を言ってくる。話が違うというので半日分の額+αだけ払って別れた。


ガイドに載っていたANOKIというインドの高級アパレル店に行く。本来私はこういうのにまったく興味がないのだが、『全て手作業の木版染め工程で、3mの布を完成させるのに3万回という気の遠くなる作業が必要』という文句に興味をひかれた。


ANOKIの入る小さなビルの中は外のウンコ・牛まみれのインドとは完全に別世界で、清潔なフロアにおしゃれな家具が備えてあり、爽やかなエアコンの風がなびいて、ボトルに入った給水設備まである。
”慇懃無礼”という表現がぴったりの店員が、汚らしい私を妙に小ばかにした感じで接してきた。肝心の服や小物は、染物の技術は素晴らしいと思うのだが、デザイン的にそこまで欲しいものはなく、まあ値段もドル換算でカットソーなどのシャツ類が20ドル↑と別にお得感があるわけではなかった。

結局この日は、私の壊れた鞄の代わりを探したりして適当に買い物などして楽しく過ごした。
スポンサーサイト

テーマ : インド旅日記 - ジャンル : ブログ

インド旅日記その13:アグラ前編 タージマハルなど

<<前の日記
次の日記>>


2009年9月10日木曜日:アグラ前編:タージマハルなど


朝6時に目覚めたら列車はどこかの駅で停車していた。予定ではそろそろAgraに着くはずの時間だが、下の席にいた男にプリントしておいた時刻表を渡して現在位置を聞いてみるとそこは Kanpurという小さな村だった。


その時刻表によれば朝の1時45分に着いているべき駅だから、この時点で軽く見積もって4時間は遅れているということではないか。予定では朝一でアグラに着いて、それからタージマハール、アーグラー城、それに郊外に36キロも離れたファテーブル・スィークリーという捨てられた都の遺跡を一日で回ろうと思っていたが、この分ではまず無理だろう。インドの旅で時間を読むのは本当に難しい。

列車内で噛みタバコをもんでいる男がいたので写真をとらせてもらう。しつこいくらい手でもんでたがそんなに必要なプロセスなんだろうか?
tabako2.jpg
tabako1.jpg


アグラ到着

結局列車が到着したのは昼の12時、例によって客引きがどんどん近づいてくる。向こうから声をかけてくる奴は信用するもんかと、外は土砂降りだったが傘をさして歩き出した。途中なんとか流しのリクシャーを拾ってタージマハル正門の付近に行く。この付近はタージマハル徒歩数分という抜群のロケーションなのだが、何軒か安宿がある。一軒目はシングルが空いていないのでパス、二軒目に入った”Shanti Lodge”はシングル・ルームで250ルピー(500円)だった。ちょっと高いがベッドが広く部屋にトイレもシャワーもついているというのは初めてだったのでテンションがあがった。


時計は既に昼の一時半をさしている。小雨も降り続いているし今日はゆっくりして明日の朝から駆け足で観光しようと思っていたら、宿のおやじが『明日は金曜だからタージマハルは休みだよ』と教えてくれた。この街でさすがに3日過ごす気はなかったので、急いで身支度を整えカメラと傘だけ担いでタージマハルに向かった。

タージマハル

入り口で750ルピー(1500円)を払って入場する。ちなみにこの750ルピーの内訳は入場料250ルピーとADAというインド考古学局に対して支払う500ルピーということらしい。一方インド人料金は20ルピー。インド人ならインドの考古学研究にお金を払う必要はないのか?理由はよくわからないが、入場券と一緒にペットボトル入りの水を一本くれた。

tajmahal.jpg

tajmahal2.jpg

tajmahal4.jpg

tajmahal5.jpg

tajmahal3.jpg

tajmahal6.jpg


ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが妃であるムムターズ・マハルの墓として建立したこのタージマハルは、22年の歳月をかけて1653年に完成したとされる。250mX350mの敷地は全てが完璧に左右対称をなしており、本当に美しかった。ムスリムを国教とするムガルの建造物で中には礼拝堂もあるのに、なぜかインド人でもイスラムの人を中でまったく見かけなかったが、後に乗せてもらったリキシャーの兄ちゃんに聞いたところ、タージマハルが閉まっている金曜日の昼にはちゃんと礼拝が行われているのだそうだ


何故かちょっとだけモテたことに関する考察

中に入ってすぐに日本人の一人旅をしている女性に声をかけられた。写真を撮ってあげて、歩きながら雑談しているとどこまでも着いてくる。仕方ないのでこちらも腹を決めて、昨晩ガイドブックで頭に入れたばかりの知識を最大限に使って案内してあげたら結局タージマハル一周全部一緒に回ってしまった。この人は名前をゆかりさんというOLで30歳になるが、カメラを向けられると必ず体を斜めに倒してモーニング娘。のようなピースサインはするし、物事に対する知識も知的好奇心もないので話していてさほど面白い相手ではない。私はもう少し見たいものがあったので彼女は元来た門の近くまで送り届けてお別れをした。すると、すぐにまた似たような雰囲気の一人旅の日本人女性に声をかけられた。こちらはもう観光を終えたという姿勢で丁重にお断りしたのだが、図らずも日本人女性に妙にもててしまった。

tajmahal7.jpg


普段からモテてるわけでもないのにどうしてこういうことが起きたのかを考えてみたのだが、インドの旅のシステムに起因しているのではないかと思うのである。

日本からインドに行く場合はたいがいニューデリーへの便になり、空港には主に深夜に到着することとなる。慣れない異国、しかもインドの空港に深夜一人で降り立ったら、それはもう名の知れた悪徳旅行会社の格好の餌食となる。ホテルを予約してある場合はまだいいが、何もわからずにタクシーに乗るとまず間違いなく旅行会社につれていかれる。そこで流暢な日本語を話すインド人にあの手この手でだまされて高額(400~600ドルくらい)のツアーを組まされるのである。旅なれたはずの男性長期旅行者ですら簡単にだまされるこの手の詐欺に、日本から一人で来たOLがひっかからないはずがない。

それでそのルートというのがニューデリー⇒ジャイプール⇒アグラー(ここまで運転手付の車移動)⇒(列車移動)⇒バラナシ⇒ニューデリーの5泊6日あたりに落ち着くのである。そうすると、2泊目か3泊目にアグラーの街にやってくるまでに”彼女等”は、インド人の理解しがたい英語に辟易し、一人で食べるインドカレーの味気なさと部屋の広さに戸惑い、移動の長さに退屈しているのだ。だから世界遺産のタージマハルを見て気分が高揚しているときに同胞の日本人男性に会うと、ついフラフラと心を許してしまう・・・ のだろう。


仮定の話だけでかなり文字数を裂いてしまったが、この説はそれなりに説得力があると思うので、日本でもてずに困っている男性には是非アグラーのタージマハル正門前で、一人旅の日本人女性に声をかけてみることをお勧めしたい。

テーマ : インド旅日記 - ジャンル : ブログ

インド旅日記その12:さらば久美子ハウス

<<前の日記
次の日記>>


2009年9月9日水曜日:バラナシ~アグラ


朝日を見るために早起きするがこの日も雨、自分の沐浴する写真を誰かに撮ってもらおうと思い、カメラとタオルを片手にガンジス川のほとりでずっと待つが誰も通りかからない。だんだん寒くなってきたので諦めようかと思っていると、あちらのほうで日本人の若者二人がパンツ姿で沐浴しているのが見えた。一緒になって写真を撮ってもらおうかと思って近づきかけたが、明らかに彼らが『肝試し』的な学生ノリでやっていることが雰囲気から分かったので話すこともせず撤退。


どうでもいいことだが、インド人の体型を見慣れていた私には彼等の手足がものすごく短く滑稽なものに見えた。インドの歴史・民族的には、紀元前1500年ごろから北インドに侵入した白色系のアーリア人が、ドラビタ人などの先住民族を平定して、ヴァルナ varna(種姓)と呼ばれる身分制度を制定したということになっている。


つまりはそれが『カースト』の原型になっているのだが、いずれの民族にしても我々東洋人よりは肉体的にコーカソイド(白人)やネグロイド(黒人)に近いのは明らかだった。川で泳いでいるガキどもも、運動神経が非常によく、みんな軽々とバク転、バク中、前方回転ひねりなどで高いところから川面にばんばん飛び込んでいる。日本の平均的な子供では全く歯がたたないだろう。この国がそのうちスポーツに目を向けだしたら大変なことになりそうだ。


朝飯代わりに”しゃん亭”という店で15ルピーのラッシーを飲む。口の中に違和感を感じたので、吐き出してみると金タワシのかけらが2つほど入っていた。仕方なくその部分を丁寧に吐き出して残りを注意して飲み干した。店に文句を言おうなどとは少しも考えなかった。

ふとこんなことを考えた。たとえばどこかの国を旅していたとして、ご飯の中に虫が入っていたと仮定する。その場合こちらのとるべき行動と店側の予想はだいたい次の4通りになるだろう。

 A) 店に文句を言う。店側は謝り、お代をただにしてその上、換えを持ってくる
 B) 店に文句を言う。店側は謝るが特に何もしない。こちらはお代を払わずに帰ってくる
 C) 店に文句を言わない。言っても仕方ない。その場に料理を残して立ち去る
 D) 店に文句を言わない。言っても仕方ない。そのまま食べ続ける

インドは4番である。まあ、何があっても『仕方ない』のだ。


郵便局で日本への絵葉書用の切手を買う。一枚12ルピー(24円)と格安。15枚分買って500ルピーを出すと、窓口のおっさんは困った顔をして(細かいのはないのか)と言ってくる。こちらも手持ちは他にないのでそう伝えると(やれやれ)という感じで引き出しの中からお釣りを出してきた。あるんなら最初から出しといてくれ・・・またここで1ストレス。


夕方が近づいてきたので、バラナシに別れを告げアグラ行きの列車に乗るために駅に向かうことにする。切符はインターネットで前日に買っておいた。インドの旅もこんなところはめちゃめちゃ便利になってきている。

滅多に外に出歩かない久美子さんと写真。賛否両論あるが私は嫌いではなかった。

kumiko.jpg


久美子ハウスの若者達と何故か握手をして別れた。夜遅くまでのウノで安眠を妨害され、最初はどうしようもない奴等かと思ったが、じっくり話しをするといい人間が多かった。数学の先生になるために教員採用試験を受けて結果を待っている若者、細身の優男で四六時中ビートルズを弾いていたギターマン、人のいい童顔のTAKA君、インド人にしか見えない黒人系フランス人、入れ歯の白さが眩しかった60過ぎの日本人の爺さんはいつの間にか消えてしまった。髭もじゃらでおっさん顔のくせにアクセサリーをひたすら手作りして売っている男、彼からは175ルピー(350円)で腕輪を買ったっけ、インドの伝統楽器シタールを一年半習っている男はプロ級の腕前だった。

ヒゲもじゃの男から手作りのアクセサリーを買う。175ルピー(350円)が果てしなく高く感じた

higemoja.jpg


もう二度と会うこともないかもしれないが、なかなか素敵な奴等だったように思うのである。


例によって流しのサイクルリキシャーを捕まえてバラナシの駅まで20ルピーで行ってもらった。道路の喧騒はひどく、人・車・リキシャ・豚・牛だらけのボコボコの道を汗だくでこいで一時間近くかけて駅についた。お礼に2ルピーのチップを込みで渡した。2ルピー(4円)というのは、道端で幾度となく手を出してくる乞食に渡すお金とだいたい同じ額だ。どうしてこれだけ頑張ってやってくれたおっちゃんに対してのチップと、何もしてない彼らに渡すお金が同じなんだろうか。そんなことを考えて私はまた困惑するのである。


夕方5時25分初のアグラ行き二等寝台車に乗り込んだ。晩飯・朝飯用に2本のバナナ、サモサを二つ、揚げ物x2を20ルピー、水を12ルピーで購入。これで明日の早朝にはタージマハルがあるアグラに着く。


車窓からは、果てしなく広がる田園風景の中、ピンク、緑、黄色といった原色の美しいサリーを身にまとって農作業している人々の姿をみていた。

テーマ : インド旅日記 - ジャンル : ブログ

ジョーじま選手

昨日の日曜日はマリナーズ・ファンフェストと題して、本拠地のセーフコ・フィールドを一般に開放して大々的なイベントがあった。

参加費用10ドル、高くはないが安くもないので少し迷ったが朝から並ぶことにした。

10時開場のこのイベントの目玉はなんといっても今期新加入の城島捕手。先着500名にサインがもらえるというので、何にサインしてもらうべきか悩むところだ。当たり前だが一人につきサインは一度なので、二人で行った場合は二つしかもらえない。

同居人いわく『つぶしがきく』というので、結局選んだのは、シアトル・マリナーズマスコットのムース君ぬいぐるみ大(28ドル)と、
JohjimaMoose.jpg


大リーグ公式試合球(16ドル)の二つ。

JohjimaBall.jpg


年間5億円もらっているからだろうか、城島選手は嫌な顔一つせずサインの長蛇の列に応対していた。

JohjimaSignMesen.jpg



NFLのシーホークスのイベントと重なったということで、予定外に開場が早くなったが、整理券となるバウチャーを辛うじてゲット。12時半のサイン会まで球場内のイベントに参加する。

去年までの屋内型フェスタと違って、今年は球場をまるっと使っているので体験参加型のイベントが多いようだ。

さっそくバッティングコーナーで二・三球打たしてもらった。そのほか、外野から飛んでくるピッチングマシンの球を捕球するキャッチコーナー、ブルペンで球を投げさせてもらえるピッチングコーナー、ダイヤモンドを一周させてくれるランニングコーナーなども一通り回った。

一昨年まで佐々木がピッチング練習をしていたブルペンや、普段足を踏み入れることのない天然芝のグラウンドで遊ばせてもらえるところがとてもいい。この辺りが日本のプロ野球のファンサービスと全く違っていると思われる。

写真はメジャーの三塁ベース

Base.jpg

テーマ : おすすめ - ジャンル : ブログ

来ると分かってて殴られるボディーは痛くない

表題の『くると分かってて殴られるボディーは痛くない』(大意)というのは有名なモハメド・アリの言葉である。

その言葉を今日ふとしたことで痛感したのでここに書いておく。


去年の11月から髪がうっとうしくて、ようやく散髪屋に行ったのが先日のこと。
そこはシアトル近郊のベルビューという街にある『東京堂』というお店。

何故そこに行ったかと言うと、何年か前に友達の女の子がそこで髪を切った時に隣で佐々木投手がカットしていたと聞いたからだ。

佐々木と言えば、榎本加奈子との騒動やら、マリナーズから横浜ベイスターズに戻ってキャリアの最後に泥で塗っての引退やら、いまさらスターではないだろうと思うが、

『何億円ももらっとる人間が髪切ってたちゅうのはどんなとこやろか』

という他愛もない理由で足を運ぶことにしたわけだ。

予約の電話を入れて料金を聞くと、男性のカットで35ドル(約4000円)とのこと。会話をそばで聞いていたアメリカ人の同僚は散髪にそんな金をかけるなんて信じられないと口々に言う。

そんなもんはプロレタリアに属する人民兵にも信じられん。それだけのお金があれば、北朝鮮で力道山のお酒が買えるじゃないか。

しかも、奴隷制度の影響を受け継ぐ西洋社会に属するここアメリカ合衆国では、飲食等のサービスを受けると15%からのチップを払わなければならない。これが如何に理に適っていなくとも、払わざるを得ないのはつらいところだ。

チップ込みで40ドルの出費を覚悟した私は、日時の確認をして電話を切った。

当日、目指す東京堂は商業地区の一角、小じんまりとした一軒建ての建物の中にあった。大量の日本の漫画がおいてある以外はとりたてて言うほど特徴があるわけでもない。こ綺麗にはしてあるが、椅子の上下も自動ではなく、足踏み式であるし、設備が優れているようには見えない。

担当してもらったおばさんは、とりわけ上手でも下手でもなく、彼女の繰り出すお世辞丸出しの会話に頷きつつ、楽しいフリをしている間に頭が出来上がった。

なんちゅうかパイナップルの頂部分を短く刈り取ったような感じ。

『まあこんなもんか』と思って支払いを済ませようとすると、

「カットとシャンプーで42ドルになります」と言われた。


えええ・・・(:_;)

泡たてて頭シャブシャブやられて7ドルかかるんやったら水で流すだけでええわい!!

納得して払う1000ドルよりも、想定外の7ドルは懐に痛い。

た・・・高い・・・

チップ込みで50ドル近く払いながら、モハメド・アリの言葉を思い返した。

『来ると分かってて殴られるボディーは痛くない、
 とられると分かってて払う金は高くない』

テーマ : 独り言 - ジャンル : ブログ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。